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岳飛のその後、現代での評価 中国、日本での人気と影響

 中国で〝歴史上No.1の英雄は?〟と尋ねると、答えにはまず岳飛が挙がり、次に地元の英雄(四川であれば諸葛亮など)になる。武力、知略、統率力、文才、廉潔さ、全てにおいてハイスペック。しかも漢民族同士で争った他の英雄と違い、異民族を撃破した救世主。中華圏の人々にとって岳飛は最高のヒーロー。その背景には岳飛と秦檜の〝悲劇の英雄〟VS“売国奴〟の構図がある。 岳公祠で生前から祀られていた岳飛は、死後、関羽と並ぶ神として崇められた。現在も、杭州にある廟墓・岳王廟には参拝客が絶えない。廟を訪れ、驚かされるのが、後手に縛られ跪かされた秦檜夫妻の像である。かつては参拝客が像に罵声を浴びせ、唾を吐きかけるのが慣習だった。歴史学上、秦檜の和議献策は国土回復の好機を逃した失策と見なされ、宋が復興したのも岳飛の功績とされることが多い。岳飛の〝岳母刺字(母による入れ墨)〟や、拷問時に記した〝天日昭昭(天は全て知っている)〟の逸話が美談となった。その一方、秦檜が岳飛を陥れた際の発言〝莫須有(かもしれない)〟は、現在〝でっちあげ〟を意味する慣用句となっている。ちなみに岳飛を退却へ追い込んだ〝十二道金牌〟も、〝火急の用事、緊急命令〟的な意味合いで用いられている。 岳飛の死後、秦檜は反対派への弾圧を繰り返し19年も専権を極め、宰相に居座り続け66歳で病死した。秦檜に怯え隠忍自重を重ねた高宗は、秦檜の死後、掌を返したように100人以上の秦檜派を罷免、帝位を譲った後も20余年生き抜き、81歳で崩御した。岳飛の名誉回復は高宗の後を継いだ孝宗の世、死後20年を経てであった。救国英雄を謀殺した奸臣と暗君が、対象的に天寿を全うした事実は、岳飛の悲劇性を深めている。 文才にも秀でた岳飛は詩書を数多く残し、現在も親しまれている。憂国の情を詠んだ「満江紅」は特に有名で、満州事変後に流行歌となり、毛沢東らに多くの慷慨の詞へ引用された。ツァイ・ミンリャン監督の台湾映画『郊遊 <ピクニック>』(13)では、主人公がこの歌を唄い、志を実現できない悔しさを表現している。日本でも、岳飛は江戸時代に人気を集めたと伝えられている。幕末、新撰組初代筆頭局長・芹沢鴨は〝盡忠報國の士〟と刻まれた鉄扇を常に手にしていた。明治時代、西郷隆盛が征韓論を唱え下野した際、自分の心境を岳飛に例えて詠んだ詩も残されている。国を憂い戦った志士にも、岳飛の精神が宿っていたのだ。 現在、日本で読める岳飛の物語は、本作の内容に近いものとして、中国の小説『説岳全伝』を訳し編集した『岳飛伝』(編訳:田中芳樹)がある。北方謙三による人気小説『岳飛伝』は、史実の岳飛を主人公にしつつ、オリジナルストーリーが展開される。

楊家将、百八星、そして岳飛 時代は英雄を求め続けていた!!

『三国志』の蜀、『水滸伝』の梁山泊など、中国では〝敗れ往く者〟が愛される傾向がある。日本で例えるなら源義経や赤穂浪士への判官びいき的な感情、非業の死を遂げる英雄の生涯に嘆き悲しむ歴史物語はとても多い。特に、岳飛の生きた宋代は、史実、創作両方でその傾向が顕著だ。宋代の英雄伝説から見えてくる、北宋・南宋の時代背景を紐解いてみよう。 忠臣・楊業と息子の七兄弟の物語『楊家将演義』は、北宋初期の悲劇の英雄伝説。楊業は、北方の国・遼との交戦時、奸臣の企みで苦戦を強いられ、最期は敵の包囲の中で自害する。本ドラマの楊再興は楊家に伝来する槍術の使い手として登場する。彼もまた、全身に矢を浴びる壮絶な戦死シーンが京劇に引用されるほど愛される救国の英雄だ。また『水滸伝』の青面獣こと楊志は楊家の血筋という設定で創出されている。 遼との和平後、宋では諸国に金銭を貢ぎ平和を買う外交が慣例になる。朝廷では、武官の初代皇帝・趙匡胤が国を乗っ取り建国した経緯を踏まえ、文官の下に武官を従わせる文治政治が徹底された。結果、官軍の軍事力は著しく低下、中国史上で最も弱い〝宋朝弱兵〟と呼ばれ、略奪や不正も横行した。あてにならない宋朝弱兵に対し、岳家軍は義勇軍から形成された独自の軍閥だった。本ドラマで秦檜が岳飛の力を警戒し、快進撃を執拗に阻むのには、そんな背景があった。 宋の経済、文化は発展したものの、朝廷は平和ボケ状態。行き過ぎた文治主義で官僚の派閥争いが激化し、多くの暗君や奸臣が現れる。名著『水滸伝』は、そんな北宋末期、徽宗の時代が描かれた。悪徳官吏打倒と救国を目指す108人の好漢の多くは、朝廷に利用され、非業の死を遂げる。好漢の総統領・宋江は実在の人物をもとに描かれている。元禁軍師範・林冲は創作上の人物だが、本ドラマでは岳飛と同門と設定されている点も興味深い。 勃発する反乱で国力が弱まる中、金の攻撃で北宋が滅亡。南宋時代には、岳飛、韓世忠ら〝抗金の名将〟と呼ばれる有能な将軍が多く輩出された。しかし岳飛もまた無実の罪で獄死する。国難を打開できない文官だらけの宋代は、英雄が求められ続け、英雄が散り続けた哀しい時代だったのだ。

合戦!水上戦!一騎打ち!負け知らずのレジェンドバトル

 『岳飛伝』は、ジャッキー・チェンの出演映画ほか国際的なアクション作品を手掛けてきたスタンリー・トンが製作、武侠ドラマの大御所ジュ・ジャオリャンが監督を務め、迫力あるアクション・シーンが満載! 一騎打ちあり、城攻めあり、白兵戦、砲撃戦、海上戦まで多種多様なバトルが全編にわたって展開される。 中国武術の一つ〝岳家拳〟の創始者とされるレジェンド・ヒーロー、岳飛を演じたホァン・シャオミン。彼は撮影1年前から武術や騎馬のトレーニングを積み、要求の高いことで知られるスタンリーを唸らせた。劇中、岳飛が楊再興を二度打ち負かす対決シーンは、まさに痛快な好勝負! ちなみに楊再興役のワン・ハイシャン、岳飛の副将・王貴役のイエン・イェンロンは、ジャッキー肝入りのオーディション番組で選ばれた〝新・七小福〟のメンバー。また、岳飛の師・周侗役はベテランのアクション俳優、ユー・ロングァン。ほかにもアクション俳優が多数起用されている。 強く美しいヒロインの活躍も本作の魅力だ。とくに韓世忠の妻・梁紅玉は実在の女性で、妓楼で披露する太鼓を打ちながらの華麗な舞に始まり、金軍の砲弾をかわしつつ韓世忠の海軍に太鼓で合図を送る〝黄天盪の戦い〟、女性だけの軍隊を率いて兀朮と死闘を繰り広げるシーンまで、際立ったヒロインぶりを見せつける。 個々のキャラクターとリンクしたアクションに加え、スペクタクルな戦闘シーンも歴史ドラマならではだろう。なかでも兀朮が指揮する鉄浮屠(ドリル状の武器を装着した鉄製の戦車。実際には鉄の防具で完全武装した兵と馬を呼称)の大軍と岳家軍との度重なる攻防戦は、その最たるシークエンスで、1本の映画になりそうなほどスケール、ドラマ性ともに見応え十分。無敵の鉄浮屠に岳飛が新たなタクティクスで挑み形勢逆転したと思いきや、裏切者の杜充が黄河を決壊させる暴挙に出たシーン、および高寵が槍一本で鉄浮屠を次々ぶん投げる大一番は『岳飛伝』前半の手に汗握るハイライトである。 後半も岳家軍の強さは圧倒的で、頴昌の戦いではついに鉄浮屠を全滅させ、続く朱仙鎮の戦いでも金の大軍を激破。何度も苦境に陥りながら無類の武勇と智略とカリスマ性によって不可能を可能にした岳飛。その戦場における敗北を知らぬ無敵のレジェンドを、ドラマは説得力十分に映像化してみせた。

知れば知るほど気になる華麗なるスターのキャリア!

 『岳飛伝』には、興味深いキャリアや魅力を秘めたスターが集結している。岳飛役のホァン・シャオミンはドラマ『神雕侠侶』(06『) 鹿鼎記』(08)、映画『イップ・マン 葉問』(10)など武侠作品で活躍。男性化粧品の広告に起用されたり、ビビアン・スーの楽曲のPVに出演したり、イケメンスターとして立ち回りながら、三枚目の役柄もこなす演技派。シンガーとしても知られ『岳飛伝』ではED曲「精忠傳奇」を女性歌手タン・ジンと歌い、劇中曲「飛躍的心」で美声を聴かせてくれる(OP曲「瀟瀟雨未歇」はベテラン・ポップシンガー、エミール・チョウとターシー・スーが担当)。プライベートでは日本でも活躍のモデル、アンジェラベイビーとの交際中、日本にも観光に訪れたこともあるという。 韓世忠役のシャオ・ピンは、シャオミンと同じく名門・北京電影学院で学んだ実力派。ドラマ『上海人在東京』(97)の撮影で日本に滞在し、映画『T.R.Y.』(03)では織田裕二と共演するなど日本との縁が深い。岳飛の妻・李孝娥役のルビー・リンは台湾の人気女優。大ヒットドラマ『還珠姫 プリンセスの作り方』(97)でブレイクし、中華圏のアイドルとなった。歴史ドラマでも存在感が光り『三国志 Three Kingdom』では孫権の妹を演じている。ちなみに牛皐役のカン・カイ、周侗役のユー・ロングァンは、奇しくもそれぞれ『三国志~』の張飛、関羽を演じている。岳飛が一目を置いた高寵夫婦を演じたウー・シウポーとリウ・シーシーは、共に中国の大人気スター。特にシーシーは三浦春馬主演の映画『真夜中の五分前』(14)で双子の姉妹を演じ分け、日本でも知名度が上昇中だ。 一方、岳飛の敵役には、韓国・香港出身の俳優が顔を揃える。兀朮を演じたユ・スンジュンは、もともとK-POPのトップダンサー&シンガー。彼のターミネーターばりに鍛え抜かれたボディは他の追随を許さない。秦檜役に挑んだのは、香港のテレビ局TVBの看板俳優ロー・ガーリョン。演技も歌も定評がある彼は、中国の人気女優スー・イェンと再婚後、中国本土へ進出。『恕の人 -孔子伝-』(12)などでキャリアを重ねている。高宗役のアレン・ティンも香港出身。『THE MYTH/神話』でジャッキー・チェンと共演し、彼も本土での活動が増えてきている。ちなみに、岳飛の母を演じたチェン・ペイペイは、60~70年代に香港の武侠映画で一世を風靡。本作でいえば呉素素のような役どころが似合う銀幕の大スターであった。

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